脛骨腓骨骨折

皆様お久しぶりです。

しばらく更新出来てなかったのですが、タイトルにもあるよう、両足骨折の大怪我をし、現在に至るまでリハビリの日々を送っていました。

お仕事関係の方々、新年のご挨拶もできず、大変申し訳ございませんでした。


現在骨折した部位は、怪我前の状態にかなり戻っており、フリースタイル復帰の目途もついてきたので、改めて事故から現在までのことを書き記しておこうと思います。


事故当時の話ですが、去年の末に大型バイクとの人身事故に遭い、気付いたら救急車の中で、処置されてる状況でした。

人間うまくできてるもので、事故前後の記憶が飛んじゃってます。今でもぶつかった記憶がない為、恐怖心とかはなく、トラウマは植えつけられずに済んでます(笑)

事故の瞬間が鮮明に残ってしまうと、出歩けなくなったりするのかなと。

左右の脛のレントゲンになりますが、傷病としては、足の他に
右示指挫創
左足関節骨折
外傷性くも膜下出血
急性硬膜下血腫
多発性外傷と診断されました。

脳の出血もあった為、何度も精密検査をしたのですが、足以上に不安で、結果を聞くまでは気が気じゃなかったです。

急性期病院に運ばれてからは、創外固定の手術(一時固定)の説明を受けましたが、心ここにあらずで、とてもじゃないけど、現実を受け入れられない精神状態でした。

パフォーマンスやレッスンも入っていたので、「どうしよう、多大な迷惑をかけてしまう。ボール蹴れなくなったらどうしよう」
そんな感情しかなかったです。


もちろん病院から親にも連絡がいったのですが、幼少期に父親を事故で亡くしたこともあり、母からは「父さんが迎えに来たと思った・・・」と言われ、かなり刺さったのを覚えてます。






それから数日後、ボルト固定の手術の日程が決まり、2日に分けて両足の手術を行いました。

無事手術は終わりましたが、安堵とは言ってられず、麻酔が切れてからが地獄の始まりでしたね。



もう一生痛くて。

吐き気止まらない・食欲わかない・身動き取れずでトイレも行けない・眠れないって感じで、1週間くらいベッドの上で、ただ耐えしのぐだけの毎日でした。

長い入院期間の中で一番きつかった時期です。

1カ月くらいしてからは、痛みも引いてリハビリ期に入るということで、急性期病院からリハビリ専門の病院に転院することに。

自主リハビリを本気で取り組んでいたので、曲がらなかった関節も順調に回復しており、この頃には車椅子ビュンビュン乗り回してました(笑)

ご飯も毎食楽しみで、歩けはしないけど、精神的にはだいぶ前向きになれていたかな。


転院してからは、ほぼ1日中リハビリ漬けで、2週間おきにレントゲン検査で、足にかけれる体重を徐々に増やしていくという流れでした。

急性期病院にいたときは、リハビリはあってないようなものだったので、様々な角度からアプローチしてもらえるようになったのは、大きかったです。

脳のリハビリも本格的になり、暗算や記憶力のテスト、ブロックの組み立てなど、今思い返すと学校みたいで楽しかったです。



ただ、筋力の回復だけはあまり期待できなくて、落ちた筋力を戻していくには、結論、退院後歩けるようになって日常動作をすることが一番の筋トレだと理解していたので。



看護師や理学療法士の方々のアドバイスに、自分の感覚をすり合わせながら取り組み、最低限日常生活が送れるようになるまで、気付けば3カ月。

2023年3月末に無事退院することができました。

冒頭にも書きましたが現在は、退院してから4カ月経っており、日常生活はもちろん、フリースタイルフットボールの動作も7~8割近く感覚は戻ってます。


まだ先の話ですが、ボルトを抜く手術も今後検討しており、その際はまたご報告させていただきます。





最後になりましたが、この記事公開後からパフォーマンスやレッスン、SNS活動を再開していきますので、ご依頼等ありましたら、お気軽にお問い合わせください。よろしくお願いいたします。





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